中井侍(なかいさむらい)とは?

信州の最南端、愛知県と静岡県の県境に位置する「天龍村」の奥地にある小さな集落、それが「中井侍」です。天龍村は村の面積の9割以上を森林が占めており、「ぽつんと一軒家に紹介されたことがある」という方が何人かいるような大きな森の中に小さな集落が無数に点在してできた山深い村です。
中井侍地区の一番の特徴は、山の急斜面に突如現れる「秘境の茶畑」です。
中井侍の茶畑の麓にはJR飯田線の秘境駅で知られる「中井侍駅」もあり、この美しい茶畑を一目見てみたいと 毎年多くの人々が 訪れます。
中井侍地区の茶畑の多くは高低差365m、平均斜度27度のまるで三角定規をあてた様な急斜面をくねくねと車で上がっていく「七まがり」という道沿いにあります。上から下まで所狭しと茶畑があり、眼下には雄大な天竜川を望めます。
それぞれの農家さんの茶畑から眺める景色は言葉では表せないほど美しく圧巻です。

中井侍の「ななまがり」

中井侍銘茶とは?

簡単に説明すると、中井侍地区内の茶畑で栽培され、地区内にある「中井侍製茶工場」で製茶を行ったお茶をこう呼んでいます。
11軒の茶農家で形成された「中井侍生産者組合」の組合員が生産から加工までを一貫して行っており、非常に質の高い独自ブランド茶として「中井侍銘茶」と名称し、販売しています。

天竜川と茶畑

中井侍銘茶の特徴① 「玉露のような味わい」

中井侍の茶畑の景色をいっそう美しく魅せてくれる天竜川からは、毎朝朝霧がもうもうと立ち込め茶畑を包み込みます。幻想的なだけでなく、この朝霧がお茶の葉をしなやかに美味しくすると言われています。
また、中井侍はお茶の栽培地の北限に位置しています。標高も高く、四方を山に囲まれ日照時間がとても短いため、タンニン(苦み成分)の生成が通常のお茶に比べて少なく、まるで玉露のような深い香りと味わいを作り出すことができます。
玉露やかぶせ茶は栽培期間中、数日間日に当たらないよう被覆をする期間があるのですが、山奥にある中井侍の環境がこれに似た状況を作り出しているのかもしれません。
植物の栽培環境としてはとても過酷であり、切り拓かれた他産地の大規模農園に比べるとのびのびと育つことはできません。しかし制限されたその過酷な環境がお茶を更に美味しく、ここでしか出せない個性的な味わいを作り出していると言えるのです。

朝靄に包まれる茶畑

中井侍茶の特徴② 「全てが手作業」

中井侍のほとんどの茶畑は山にへばりつくようにあり、非常に傾斜がきついため大型の便利な機械を使用することができません。
そのため、草むしりから整枝作業、お茶摘みまでのほとんど全ての作業を手作業でおこなっています。 お茶の収穫を総称して「お茶摘み」と呼びますが、中井侍のほとんどの農家は今でも腰に籠をつけ、自分の目と指先の感覚を頼りにお茶の葉を丁寧に手で摘んでいます。お茶摘みの時期には懐かしく美しい、日本の原風景を見ることができます。
機械で摘むと枝や大きすぎる余計な葉っぱ、ゴミなどが混ざってしまいやすいのですが、手で丁寧に摘み、収穫後更にもう一度葉っぱを選り分け選別することによって、非常に高い品質の茶葉のみを選び抜いています。

かずえさん、今でも現役の茶娘です。

中井侍銘茶の特徴③「毎日飲むからこそ安全なものを」

中井侍のほとんどの農家は、農薬を一切使用せず栽培を行っています。化学肥料にもなるべく頼らず、中には「自分のお爺さんの前の代から、肥料は山の落ち葉しか入れたことがないよ」という方もいるほどです。
中井侍の農家は毎日何度もお茶を楽しみます。欠かさず口にするものだからこそ、美味しいことはもちろん安心して飲んでほしいという思いがあります。

茶飲みの時間が楽しみ。

中井侍銘茶の最大の特徴 

国内のお茶の中でも「極めて浅蒸し茶」であるというところが、中井侍の最大の特徴とも言えます。

「浅蒸し茶って何?」

皆さんは浅蒸し茶という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
そんな言葉は聞いたことがないという方も、「深蒸し茶」という言葉は耳馴染みがあるかと思います。緑茶の加工過程には、一番初めに「蒸し」と呼ばれる工程があります。
茶師の間では「製茶の8割は蒸しで決まる」と言われるほど、非常に重要な工程です。
よく聞く「深蒸し茶」が蒸し時間1分~3分以上なのに対し、中井侍銘茶は蒸し時間20秒という極めて短い時間で蒸し上げています。
そのため茶葉の形がしっかりと維持され、お茶を入れた時に茶葉が花がひらくようにフワリと戻る美しさが特徴で、淹れたお茶の色も淡い黄緑色になります。

芽吹くように美しくひらく茶葉

「色が薄いから味も薄いのかな?」と思って飲んでみると、その味にも驚かされます。
柔らかな香りと、トロリとした優しい口当たり、渋みがほとんどなく甘みの余韻が飲んだ後も口の中にいつまでも残る、今までのお茶とは一線を画する味わいになっています。

実は浅蒸しの茶というのはどんな茶葉でもできる加工法ではありません。

最も勢いのある一番茶の新芽の先端のみを丁寧に手で摘み取った品質の揃った上質な茶葉で、尚且つある程度葉が柔らかに育つ環境(日照時間が短い、標高が高い等)で出来た茶葉でないと浅く蒸すことができないのです。
分かりにくい例えかもしれませんが、春キャベツや春レタスなどは非常に柔らかく甘みが強いですが、夏にできたキャベツやレタスはどうしても葉が固く、少し苦みも出てしまいます。春キャベツと夏キャベツでは茹で時間や炒める時間、処理方法も変わってくるように、茶葉も育った環境に合った蒸し方があるのです。
浅蒸しで製茶を行った中井侍茶はお茶特有の苦みや渋味がないため、お茶菓子がなくとも一日の間に何度も飲みたくなります。

夏にはひんやり水出し、氷出しがオススメ。

高齢化と消えゆく秘境の茶畑

こだわり抜いた栽培を追求し、ここでしか飲めない高品質な味を守り続けてきた中井侍茶ですが、地区のお茶農家で形成される「中井侍銘茶組合」の組合員の平均年齢が80歳と、高齢化が深刻化してきているという現状もあります。
高齢化により茶畑や製茶工場の存続の危機にあるというのが現実なのです。

この文を書かせて頂いている私自身、現在地域おこし協力隊としてお茶畑の管理と栽培技術を継承を目指し、学んでいる最中でありますが、私一人の力では足りないと痛感しています。沢山の人に中井侍銘茶の美味しさ、美しい景色、その裏にある努力や洗練されたお茶栽培技術や製茶技術を知っていただくことが、中井侍の美しい景色と美味しいお茶を後世に残していく第一歩なのではないかと考えています。

「ちょうどお茶の時間だで、およりて。遠慮せんと」

何よりここに住む方たちの温かい人柄が魅力的